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2015/08/28 (Fri) 21:11
『クリシュナとニート』新刊掲載小説試し読み

 二つ目の試し読みです。
 30日のコミティア113に、東京大学創文会も新刊を用意した上で参加します。次の小説は、その新刊に掲載されている小説です。こちらは分量の関係で全文掲載となっています。よければご一読ください。


クリシュナとニート

 高校の友人だった大泉の実家の前までやって来ると、安っぽいジャンパーを纏った角刈りの男が、塀にもたれて煙草をふかしていた。同じく高校の友人で、やはり大泉に呼び出された高野だ。顔が変わっていないからすぐに分かった。
「おう、石神」
 中年太りの胴を塀から離して、捨てた煙草を足で踏み消しながら言う。
 ずっと同じ街に住んでいるというのに、高野はおろか大泉でさえ卒業以来顔も見ていない。
「久しぶり、高野。元気そうだな」
「まあな。しかし大泉の野郎、十何年ぶりに電話してきたと思ったら平日に呼び出しやがって、何の用だ。こっちは忙しいってのに。お前、何か聞いてるか」
「いいや、何も」
 目の前にある昭和じみた民家の、古びた引き戸を高野がにらみつける。
「これで『金を貸せ』とかだったら、ただじゃおかねえ。第一あいつは今何やってんだ」
「俺も会ってないが、噂によると卒業以来ずっとここに引きこもってるらしい」
「引きこもりかよ! 屑だな。男ってのは汗水垂らして働かなきゃなんねえ。俺みたいに必死にバイトするからこそ、その金でするパチンコも楽しめるってもんだ」
「……」
「石神、お前は何やってんだ」
「一応、公務員のようなものをね」
「ああ、役人だろ? ハンコ押すだけでいいんだから、お前も楽な仕事を見つけたもんだな、うらやましいぜ」
 もしかするとこの男は、役場に座っているだけが公務員の仕事だと思っているのではないかという不安がよぎったが、訂正するのは面倒なので受け流すことにした。
「で、引きこもって何してんだ、あいつは」
「どうも母親と二人暮らしで、その母親の年金頼みの生活らしい。これも噂だが」
「で、息子のほうは何もしてないのか」
「まあ、ニートだろう。一日中ネットをしてるとかテレビを見てるとか、そんなところじゃないか」
「ああ、ニートな。駄目だな。で、ニートって何だ?」
「……ここでああだこうだ言っていても仕方がない、とりあえず家にお邪魔しよう」
 物を知らない中年男を促して、大泉家の敷居を跨いだ。

「あーらあら、ダイくんとコウくん、お久しぶりねえ。いらっしゃい」
「おばさん、どもっす」
「あ……ご無沙汰しております、お邪魔します」
私たちを高校生の時と同じように出迎えてくれた大泉の母親は、しかし背は縮み髪はすっかり白くなり、記憶よりも明らかにやつれ果てていた。大泉の奴はこんな姿の母親のすねを延々とかじり続けているのか、と思うと言葉に詰まってしまった。
「マナブに呼ばれて来てもらったのよね。二階にいるからどうぞ上がってくださいな」
「上がらせていただきます」
「おばさん、大泉の奴は普段何してるんですかい」
 靴を乱雑に脱ぎながら高野がぶっきらぼうに言う。おい、と非難の視線を送った。デリケートな話題に触れるんじゃない。
「そうねえ、ずっと部屋でパソコンのお勉強してるみたいねえ。大変なお勉強らしいからなかなか外に出られないのよ。本当に久しぶりにお友達が来てくれて嬉しいわ」
涙が出そうになる。テンプレのような悲惨な家庭だ。
「そ、そうですかそれは良かったです! では失礼します!」
高野がこれ以上余計なことを言う前に、そそくさと二階へと上がっていった。

「お、入れ入れ」
下での物音を聞いていたらしく、二階への階段を上がると大泉らしき人物が部屋のドアを開いて、奥から青白い手で手招きをしていた。
かろうじて大泉だと分かったのは、度の強い眼鏡の奥の蛇のような目つきだけだった。肩まで伸びたぼさぼさの髪と病人のように痩せこけた四肢、黄ばんだランニングシャツにスウェットという服装からは、人目を気にする必要も日光も浴びることも全く無い生活が容易に想像できた。
「ま、座れ座れ」
 大泉が、床に散らばっている漫画雑誌やらティッシュやら、変色した下着やら何やらを足でどかして、ちゃぶ台を囲むよう促してきた。当然座りたくはなかったし、高野は二階に上がった時点から既に真っ赤な顔をして押し黙っていた。あともちろん、窓も閉め切った部屋では十倍に濃縮されたような生活臭が私たちの鼻を突き刺していた。
「石神、背広じゃ暑いだろう。上着くらい脱いだらどうだ」
「それより大泉、とりあえず窓を開けよう。頼む、お願いだ」
「いや、それはまずい。機密が外に漏れる可能性がある」
 一人だけ床に座った大泉が、深刻そうな顔で首を振った。
「なんだ機密って。ニートに何の機密がある」
「待て待て、順を追って話そう。とにかく座ってくれ。ちなみに俺はニートではない。エデュケーションは受けている」
「順を追っても何も、何のために呼ばれたのかさっぱり分からない。何だよエデュケーションって」
「教育というよりは研究だな。俺はタイムトラベルについて研究していたのだ」
「てめえ、ふざけてるんじゃねえぞコラ!」
 私の心の声が漏れたのかと思ったが、高野がついに破裂して怒鳴った声だった。大泉の首を掴んで押し倒し、床に押し付けた。
「てめえが大事な用があるっつって電話寄越しやがったから、十何年ぶりに来てやったんだろうが! それをなんだてめえは働きもしねえで!」
 大泉が高野の腕をタップして、何かを弁解しようと口を動かすが、ぎゅうーっと声が漏れるだけで言葉にならない。
「高野、その辺にしておいてやれ! 大泉が死んでしまう」
 私が高野をなだめて首を解放してやると、大泉が喘ぎながら弁解する。
「ゲホッゲホッ……悪かった悪かった、話を聞いてくれ。ぜっ、絶対に儲かる話があるんだ」
「てめえからどうやって儲け話が出てくんだ!」
 高野がまた飛びかかろうとするのを何とか押さえる。
「確かにそうだ、大泉。親のすねをかじっている奴に、そんな都合の良い話が来るわけないだろう」
「それが来るのだ。これを見てくれ」
 起き上りながら大泉は、スウェットのポケットから手のひら大の黒い物体を取り出した。何の変哲もない、少し古そうな型のスマートフォンだった。
「何だ、スマホか? 外出しないのに、どうしてスマホなんか持ってるんだ」
「スマホでないとできないゲームというものがあるのだ。やむを得ず入手した。正確には買ってもらった」
「……」
「ふざけやがって。てめえの携帯に何の価値があるってんだ」
 私と高野は立ったまま、大泉の手にあるものを見下ろす。
「これ自体は至って普通の機種だ。SIMカードは入っていないが、無線に繋げてネットもできる。大事なのはこいつにインストールされてるアプリだ。このアプリがあればいくらでも金を稼げる」
「何言ってるのかわかんねえ、何だそのあぷりってのは」
 高野はとことん知識が乏しいので翻訳が必要だ。
「要はこの携帯に特殊な機能が入ってるってことだよ。で、大泉、何のアプリなんだ」
「ま、そう急ぐな急ぐな。順を追って話すと言っただろう。とりあえず座ってくれ」
 高野も儲け話と聞いて少しは興味を持ったのだろう、私たちは色々なことに我慢しつつ、何だか脂ぎった床に腰を下ろしてちゃぶ台を囲む。「遠慮せず飲んでくれ」と大泉がそこら辺を漁って、飲みさしのペットボトルのジュースを差し出してきたが、当然無視した。
「おう、早いとこ話せよその機能ってのを」
「まずはこのアプリを入手した経緯から話そう」
 そう言うと大泉はスマホを操作して、画面をこちらに見せてきた。

 見せられた画面はメールの閲覧画面のようだ。日付はおよそ二か月前、差出アドレスは英数字の滅茶苦茶な羅列で、一見迷惑メールのようだ。
『件名:【最重要】大泉学。必ず最後まで読め。お前の将来が決まる。
 本文:長い文章だとお前は読まないので簡潔に書く。このメールは未来から送っている。
    証拠 ○月×日 □□で自爆テロ
       ○月△日 ~~沖で震度5の地震
        ……      ……         』
以下、一か月くらい前までの日付とニュースの羅列が五件ほど続いている。こちらに向けた画面をスクロールさせながら大泉が言う。
「見ろ、全部記憶にあるだろ。当然、メールが届いたよりも未来に起きたことだ。誰かの逮捕とかテロはともかくとして、事故や災害まで載っている。これは予測できることじゃない。俺はこのメールが未来から来たものだと確信した」
「……」
大泉はさらにスクロールして見せる。
『これでお前は信じただろう。過去にメールを送る方法。最後に書いてあるソースコードを用いてアプリを作れ。
 金の儲け方は自分で考えろ。元手は石神と高野に出資してもらえ。△月×日に家に呼び出せ。』
 以降は見覚えのある、プログラミング言語によるソースコードが書かれている。
「おい、何だよこいつは」
「そのアプリのソースコードだろう。携帯に特殊な機能を持たせるための、指示を書いたものだ」
「その通り、過去にメールを送ることのできるアプリだ。どうだ、凄いだろう」
 大泉が誇らしげに言うが、私は訝しげな顔で考え込んでいるし、高野は今ひとつ状況を理解していないようだ。
「何が凄いのかよくわからん。メールが送って、どうやって金になるんだ?」
「君はじつにばかだな、高野」
「んだとコラぁ!」
「いいかよく聞け、過去にメールが送れるってことは、自分も未来からメールが受け取れるってことだ。それがどんなに儲かる話か、考えてみろ。競馬でどの馬が勝つか、宝くじの当たり番号を事前に知ることが出来るんだぞ」
「なるほどな、すげえ! そいつはいくらでも儲かるな! なあ石神、そうだろ?」
私はちゃぶ台に肘をついたまま答える。
「まあ、それが本当の話だったらな」
「なんだ、石神はまだ信じていないのか。ここに書いてあるニュースを見てみろ。全部予言が当たっているだろう」
「それは本当に予言なのか。先月あたりまでのニュースしか無いようだが」
「何を言っているんだ。この日付を見ろ。全部このメールが来たのより後になってるだろう。だからメールが来た時点では予言だったのだ」
「そんなもの、いくらだって偽装できるさ。そのニュースが全部起きた後にメールを書いて、もっと昔に届いたことにすればいい。大体なあ大泉、そのメールは未来のお前が送ったものだって言いたいのか?」
「もちろんだ。未来の俺はこのアプリを使って大金持ちになっているに違いない。現在の俺にメールを送り、アプリを作らせたのだ」
「それはおかしいだろう。その未来のお前は、どうしてそんな大発明のソースコードを書くことができるんだ」
「未来の俺が知っているのは当たり前だ。今の俺がこのメールを受け取っているのだからな。これをそのままコピーして送ればいい」
「いや、そもそも今のお前が知ってるのは、未来からそのメールを受け取ったからだろう」
「当たり前だ。今見せただろう」
「それだと堂々巡りだ。誰もそのソースコードを自分で考えていないじゃないか」
「実際にそうなのだから仕方ない。どこにも矛盾は無いだろう」
 するとそれまで腕を組んで考え込んでいた高野がしびれを切らした。
「あああ、訳わかんねえ。結局そいつは本物なのか、証拠を見せろ」
「うむ、それもそうだ。証拠を見せよう。俺はすでにこのソースコードを使ってアプリを作ったのだ」
「スマホアプリを作ったのか? よくお前がそんなこと出来たな」
「ネットで色々と調べてな。肝心の部分はコピペするだけで良かったが、他の部分を色々と設定するのが大変だった。完成したのは先週だ、ほれ」
 そう言うと大泉は、メール画面とは別の画面を開いてこちらに見せてきた。見ると、黒い背景の上に、文字入力をする白い四角が三つあり、それぞれの欄の上には「件名」「本文」「送る時間」と書いてあった。一番下に「送信」と書かれたボタンがある。画面を作るだけなら素人が三十分で出来そうな代物だった。
「いいか、ここに件名、本文、そして何日前に送るかを書いて送信ボタンを押すんだ。シンプルでわかりやすいだろう」
 自慢の息子を披露するかのように、一つ一つ誇らしげに指さして説明する。
「じゃあ、それで俺にメールを送ってみろ」
 高野が自分のガラケーを開きながら言うと、大泉はやれやれといった感じで首を振って、
「はあ……よく見ろよ画面を。送信先を入力するところが無いだろう。このアプリでメールを送るのは、このスマホに入ってる俺のアドレスだけだ」
「それじゃあお前しか確認できないだろう。やっぱり俺たちを騙すつもりじゃねえか」
「いや問題ない。いいか、よく見てろ」
 大泉はスマホに目を落とすと素早く何かを入力して、すぐにこちらに見せてきた。画面には、「本文」のところに「こんにちは」と書いてあり、「送る時間」は「3」と入力されていた。
「見ろ、これで『送信』を押せば、三日前のこのスマホに、『こんにちは』というメールが届くはずだ」
 そう言って送信ボタンを大げさな動作で押して見せた。画面には「送信されました」という文字が現れていた。
「送信された。そしてほら、見てみろ。これが三日前に届いたメールだ」
 再びメール画面を開いて見せると、「こんにちは」とだけ書かれたメールだった。日付は三日前になっていた。
「うおおお、すげえ! 本物じゃねえか。これで完璧に信じたぜ……すげえな大泉は」
 高野は大魔術でも見たかのように目を輝かせ、先とは打って変わった尊敬のまなざしを大泉に送っている。それで増長したのか、大泉は弟子を諭す学者のような口調になった。
「ふふ……まあ、まだ未解明のことも多いがね。私の研究した資料では、メールを送ることで世界線というのが変更されるらしいんだが、現実だとそういうことは無いようだな」
「……」
 私のうんざりした顔を見て大泉が言う。
「石神はまだ半信半疑のようだな。ではもっと確固たる証拠を見せよう」
 大泉はそこら辺の床に散らばったゴミをがさごそと漁って、一枚のくしゃくしゃのコピー用紙を見つけ出してきた。
 見ると、写真をプリンタで印刷したものらしい。
「何だこれは、この部屋の写真じゃないか。汚いなあ」
「この日付を見てくれ」
写真の下には日付も印刷されていて、やはり三日前のものになっていた。
「そして……ほら、今からこういうメールを送るぞ」
 スマホの画面では例のアプリが開かれており、今度は「本文」に「部屋の写真を撮れ。紙に印刷しろ」とあった。送信先は三日前のままだった。
「送信……っと。高野、石神、意味は分かるな? 俺は三日前にこのメールを受け取り、その指示通りに部屋の写真を印刷しておいたのだ。まさに今、俺は過去の自分を操作したと言える」
「大泉よぉ、天才だぜお前は……俺、お前に会えて良かったよ……」
 目を潤ませた高野が今にも泣かんばかりだ。これからの薔薇色の人生を思い描いているのだろう。
「それなら大泉、今から言う通りの文面で、三日前お前にメールを送ってみてくれ」
「残念だが石神、それはできない」
「何故だ」
「俺は今の時点で、これ以外に未来からのメールを受け取っていないからだ。だとすると、今日までの俺には誰もこれ以上メールを送っていないことになる」
「いや、意味が分からない。それちょっと貸してみろ、代わりにメールを打つから」
「だから、それはダメなんだ。もしメールを送ったら、俺は受け取っていないメールを自分に送ったことになってしまう」
「じゃあ、そのスマホを奪って無理やり送信したらどうなる」
「俺の観た資料によると、最悪の場合宇宙が矛盾に耐えられなくなり爆発する。小規模なら気絶するくらいで済むらしいが。だから止めてくれ」
「そうだぞ石神! これから億万長者になろうってのに、宇宙を爆発させるんじゃねえ!」
「ああ、分かった、分かった。悪い、ちょっとトイレを借りる」
「階段下りて右だ」
少し頭を冷やそう。

トイレから出ると、ちょうど大泉の母親が廊下を一階の通りかかるところだった。洗濯物でいっぱいの籠を重そうに抱えていた。
「あらあコウくん、マナブはちゃんとしてる? 皆さんにご迷惑かけていないかしら」
「あ、ああ大丈夫です! た、楽しませてもらってますよ」
 必死で取り繕った。この母親からすれば大泉はいつまでも「可愛い息子」で、私たちは「息子の遊び友達」なのだろう。
「本当に、二人が遊びに来てくれてうれしいわあ……ねえコウくん、お母様はお元気?」
「そ、そうですね、元気です。最近はよく旅行に出かけていますよ」
「旅行、いいわねえ。私もマナブと旅行なんかに行けたらいいんだけど、そうさせてあげるお金も無くてねえ……」
「……」
「あらごめんなさい、変な話、しちゃったわね」
 そう言って大泉の母親はそそくさと私の脇をすり抜けて、廊下の角を曲がっていった。
 ……大泉はともかく、この母親は報われねば。
 そう感じた私は、二階に上がる前に自分の携帯を取り出した。

「……だからだね、例えば地震が起きるとするだろう。そしたらその何か月か前にメールを送ってやればいい。この時間、この場所で地震が起きるから避難しておけ、とね」
「なるほどぉぉ。さすが大泉さん」
「そしたらメールを受け取った俺たちは世間にそれを公表して、注意を促すんだ。そしたら俺たちは何万もの人の救世主になれるわけだ。金だけでなく名誉も名声も手に入るというわけだよ」
「すげええええ! 俺たち、これがあれば何でもできるんですね!」
 大泉の部屋に戻ると、高野はすっかり大泉に心酔しきっていた。いかつい角刈りの男が、吹けば飛びそうな青白い引きこもり男にかしづいていた。
「おう石神。すげえんだぞ、大泉様は。俺たちを億万長者だけじゃなく、人類の救世主にしてくださるんだ」
「ああ、それは良かった。ところで大泉、さっきのメールだが、俺たちを今日呼び出したのは金儲けの元手を出させるためなんだな?」
 再び薄汚い床に座りながら大泉に問いかける。
「そうだ。金儲けには元手が要る。このアプリを使えば無限に金は増やせるが、元手が少なくってはそれも時間がかかる。俺が今出せるのは一万程度しかないからな」
「金を増やして返すから、自分の金で足りない分を出資してくれということだろう」
「そうだ。正確には、俺のお小遣いで足りない分、だがな」
「……」
「金なら出しますぜ、大泉様! 今出せるのは三万くらいだが、金が入れば五万、いやバイト代全部出しまさあ!」
「結構、結構。石神、お前はどうする」
「さあな。一つ質問なんだが、稼いだ金の配当はどうなる? 一億をこれで稼げたとして、三万を出した高野にはいくら渡るんだ?」
「三十万だ」
「何だって?」
「だから、出資が三万なら、その十倍で三十万。なあ高野、こんな良い投資は他にないだろう? ほぼ確実にリターンがくるんだぞ」
「へ、へえ……」
 これにはさすがの高野も、何かおかしいと気付いたらしい。へつらい笑いと困った顔を交互に見せている。
「それはおかしいだろう。じゃあ残りの九七〇〇万はお前のものじゃないか。出資し比率に基づいて分配するのが筋じゃないのか」
「まったく、金を出そうとしないのにうるさい奴だ。石神、お前は肝心なことを忘れているぞ。おい高野、このアプリを作ったのは誰だ」
「大泉様です……」
「今日、お前たちを呼んで、この儲け話を教えてやったのは誰だ」
「大泉様です……」
「じゃあ、誰の取り分を一番多くすべきなんだ」
「それも、大泉様です……」
「ほらな石神、そういうことだ。まあ、お前が出すつもりが無いのならそれで構わん。高野、では金をもらおうか」
「へえ……」
高野が上着のポケットを探ってくしゃくしゃの万札を取り出し、大泉に差し出すのを見て、さらに尋ねる。
「こっちも金を出せるかもしれない。そうだな、五十万くらいなら」
「お、それは本当か!」
 途端に大泉が目を輝かせる。私は大泉の手にあるスマホを指さして言う。
「ただし、さっきのソースコード、あれをじっくり読ませてもらう。それが条件だ」
「何。お前、読んで意味が分かるのか」
「そういう関係の部署にもいたから、なんとなくな。で、条件を飲むか」
「ううむ、あれを読まれてしまうと、同じアプリを作られてしまう……」
「そうかもしれないな。しかし構わないだろう。別に同じことをしてる奴が一人増えたところで、競馬や宝くじが当たらなくなるわけじゃない。災害から救うのだって、英雄が二人いても問題ないだろう」
「むむむ……」
大泉は腕組みをしてちゃぶ台に頭を伏せてしまった。かなり悩んでいる様子だ。もしも大泉が詐欺を働くつもりなら、目先の五十万を選ぶだろう。
「うむ、いいだろう。ただし、金が先だ。金をもらえればさっきのメールをじっくり見せてやる」
「わかった。ほら、五十万だ」
 私は懐から封筒を取り出してちゃぶ台の上に差し出す。封筒の中から札束を半分ほど引っ張り出して、金をはっきり見せてやる。
「おおお……五十万……」
生まれて初めて目にした額なのだろう。大泉の目が封筒に釘付けになる。
「石神、おめえよくそんな大金、持ってたな」
 高野が怪訝そうに見つめてくるのを、軽く受け流してやる。
「まあ、こういう事態もありえるかと思ってね」
 我に返った大泉が、目にもとまらぬ速さで封筒に手を伸ばし、スウェットのポケットにしまいこんでしまった。
「よし、契約成立だ。メールを見ていいぞ、ほれ」
 例のメール画面を開いて渡してくる。
「ちょ、ちょっとトイレに行ってくるぞ。ゆっくり見ててくれ」
 封筒の入ったポケットを大事そうに手でカバーして、大泉は摺り足で部屋を出ていった。

「で、どうなんだよ石神」
「何がだ」
 大泉はまだ帰ってこない。おそらく、私の金を金庫か何かにしまっているのかもしれない。ソースコードを読んでいる私に、ずっと考え込んでいた高野が顔を上げて話しかけてきた。
「そこにこの携帯の秘密が書いてあるんだろ。何か分かったか」
 さて、どうあしらったものだろう。「こんなもの、外面だけ整えたでたらめだ」と言ったら、この男はどうなってしまうだろうか。
「いや、難しいところもあってよくわからないな。しかしとにかく、これをコピーすれば同じものは作れると思う」
「それは本当か! じゃあ、じゃあよお石神。それをコピーしちまうか」
「なんだ、お前は『大泉様』を裏切るのか」
「いや、よく考えたらよ。俺の出した三万が十倍になったところで、一年も残りゃしねえだろう。それよりは石神、俺と組んで儲けようぜ。金の儲け方ももう大泉から聞いちまったしな。お前はもう一個同じ携帯を作る。俺は馬券とか宝くじを買ったりするから、金は山分けということにしようや」
 と卑屈な笑みを浮かべてくる。どこまでも器の小さい男だ。私はそもそも自分で同じものを作るつもりはなかったが、頑として断る必要もない。
 メール表示画面からサブメニューを開いて、「転送」を選ぶ。自分のアドレスを打ち込もうとすると、
「あっ」
と頭上で声がして、青白い病人のような手がにゅっと伸びてきて、スマホを取り上げられてしまった。いつの間にか大泉が部屋に戻ってきていた。
「何をやってる。ソースコードを読むだけだったはずだろう」
 平静を装って答える。
「すまん、操作を間違えたらしい」
 大泉は私とスマホを怪訝な目で交互に見詰めながら、元の位置に座り込む。
「……ったく。とにかく、これで元手は出来た。あとは競馬なり何なりしてこいつを増やすだけだ」
「その金儲けについてなんだが、勝ち馬とか宝くじの番号とかは、いつ送られてくるんだ?」
「そんなこと、今の俺にわかるわけがないだろう。時間を決めるのは未来の俺なんだからな。ただ、抜け目のない俺のことだ。しかるべき時にはしかるべき情報を得ているだろう」
「もう元手が出来た以上、早めにメールを受け取っても構わないだろう。今メールを受け取ったらどうなんだ」
「メールをもらおうと思った時にもらえるわけがないだろう」
「だから、『今、この時に向けてメールを送る』と決めておくんだ。今が三時前ちょっとだろう。『今日の三時を送信先に指定する』と決めておけば、後日、万馬券の番号を今に向けて送るはずだ」
「送信先で指定できるのは日数単位だから、時間までは指定できない。経験上、送った時間と大体同じ時間に届くがな」
「じゃあ、未来のいつかの三時にメールを送ればいい」
「すまんちょっと便所行ってくる」
高野が出て行った。
「わかった。そう決めておこう。俺は約束を違えない男だからな。そろそろメールが届くはずだ」
「そうだな……」
しばらく沈黙が流れた。
「……なあ、大泉。これを使って、一億円でも手に入るとするだろう。その金は何に使うつもりだ」
「稼ぐのは一億どころではないがな。使い道など決まっているだろう。いい飯、いい家、いい車、いい女だ。それに、うまくいけば俺は人々を災害から救った英雄だからな。金などなくても愚民どもは俺に従うだろう」
「……なるほどな。『いい家』とやらに住んだら、母親にも楽をさせてあげられるな」
「母親か……あれは特に、どちらでもいいがな」
「お前。こんな生活をして、母親に申し訳ないと思わないのか」
「あれは家具と同じだ。特に虐げることもないが、別段重宝する必要もない」
 至って平坦な調子で、母親を物扱いする。こういう男なのだ。部屋に引きこもり、ここまで精神を腐らせていったのだ。
「よくわかったよ……なあ大泉。もう三時は過ぎたが、メールは来てないよな」
「ああ、来てないようだな」
「約束は守る男なんじゃなかったのか」
「その通りだ。だから、何かやむを得ない事情があるのだろう」
 動じない大泉に向き直って言う。
「なあ大泉。それに関して何だが、ちょっと提案があ」
「おおおいずみいいいいいいい!」
 絶叫が聞こえて部屋の入り口を振り返ると、包丁を両手に構えた高野が立っていた。

「何をやってる、高野。下ろせ、そんなもの」
 私が高野をなだめようとすると、
「うるせえ、てめえじゃねえ! 大泉、お前だ! その携帯を俺に渡せ!」
 怒鳴りながら部屋に入ってきた高野は、ずかずかと私の前を横切って大泉のほうまで迫っていった。胸の前に構えていた包丁を下に向けて、大泉の喉先三寸に突きつける形となった。
「ひっ、ま、待て」
「待たねえ! 早く渡せ!」
「か、金が欲しいのか? わかった、稼いだ金は半分お前にやるから! それを下ろしてくれ!」
「おい高野、大泉もこう言ってるんだ! 山分けで満足だろう!」
 説得したが高野飛びかかる機会をうかがうが自分からは遠くて難しそうだ。
「信用できねえ……この携帯を使えばどんなイカサマだってできるからな。さっきはお前に従おうと思ったが、やっぱもうやめだ。俺がそれを管理してやる。金の一割くらいはくれてやろう。だからそいつを、寄越せ。」
 口調は冷静になったが内容は変わらない。高野が話すために喉先に突きつけた包丁が前後に動くので、大泉はたまったものじゃないだろう。
「一割は俺にくれるんだな」
 この状況でも金の交渉をするとは、大泉も大した胆の座り具合だ。
「まあ俺の気分が良ければな。お前の出した条件よりはよっぽど良いだろうよ」
「……わかった。渡そう」
 命には代えられないと悟ったのか、スマホを持った大泉の腕がゆっくりと高野に向けて差し出される。が、その腕が中途半端に伸びたまま、ピタリと空中で静止した。
「んだよ。渡せよ早く」
 大泉は何かを見つけたかのように、ぎょろっとした目を見開いて押し黙っていたが、ややあって口を開いた。
「……考えてみれば、俺は今日は、絶対に死なないはずだ」
「あぁ?」
「……あのメールは、未来の俺から受け取ったものだ。俺が今こいつに殺されたとすると、メールを送る俺がいなくなるので、そんなことはあり得ない。俺が死ぬのはあり得ない」
「何を言ってるんだ大泉! お前、未来の自分がメールを送ったって本気で思ってるのか!」
 これはまずい。大泉は高野に刃向うつもりだ。
「当たり前だ。これはそういうアプリだからな。俺はここでは、死なないっっ!」
「やめろ大泉!」
 腕をひっこめた瞬間にがばっと大泉が立ち上がり、虚を突かれた高野の包丁を奪おうとする。しかし体格差は無慈悲で、高野は容易に大泉の腕を振りほどき、雄叫びを上げながら両手を突き出した。包丁は大泉の横っ腹に吸い込まれていった。
「ぐあっ! ぎ……」
 大泉は包丁ごと仰向けに倒れこみ、声にならない声をあげて悶絶する。残された高野は、大泉の手から滑り落ちたスマホに殺到して取り上げた。
「ひっひひっ。これで俺のもんだっ。金も名誉もな! なあおい石神、お前はここで起きたこと、黙ってられるよなあ? 金なら分けてやるぞ。まあ、嫌だってんならそれでいいけどな……」
大泉の腹に刺さったままの包丁をちらりと見て、高野が私に凄惨な笑みを浮かべる。
 やれやれ、こんな結末になったのか。
「ところで高野、その包丁はどうしたんだ」
「あぁ? これか? 下の台所から拝借したに決まってるだろうが」
「一階にいた大泉の母親はどうした? あれだけ大声をあげてるというのに、まったく反応がないが」
「そりゃそうだろうな。安心しな、何もしちゃいねえ。おふくろさんが来るとやっかいなんでな、ちょっと縛らせてもらった。口も塞いでな」
「それならまだ大丈夫だ。高野、今すぐ救急車に連絡しろ。そうすればお前は殺人犯にならずにすむ」
「お前が連絡しろや。俺はこれから忙しい。今捕まる訳にはいかないんでな。まずこの携帯で逃走資金を稼ぎに行く。しばらく海外にでも逃げて準備してるぜ。何、金と地位さえありゃ、警察だって黙らせるさ。こいつを使えば何でもできる」
「そのスマホを置いていくという道は、どうやら無さそうだな」
「当たり前だろ、バカか」
 説得も無理のようだ。被害者は最小限にとどめたかったが、仕方がない。
 懐から取り出した銃で、高野の頭部を撃った。サイレンサー銃のカシュっという音とともに、高尾の首から上が弾けた。

「ああ、私だ。作戦終了。回収班と復帰班を回してくれ。死体は一つ出た。回収は先ほどの連絡通り、老年女性と貧弱な男だ。あと、イレギュラーにより男のほうが負傷してな。救急治療の手配も頼む」
 連絡を終えて事後処理の人員を待つ間、大人しくなった大泉に刺さりっぱなしの包丁を抜いて、止血を施してやる。個人的には死んでも構わないが、母親が悲しむのはあまり見たくない。
「石神……お前、銃を……作戦って……何だよ……」
「まあ待て。順を追って話そう」
 周囲からどうにか清潔そうな布を見つけて、腹に巻きながら話してやる。
「まず、大泉が未来から受け取ったという、あのメールだが……あれは確かに本物の、ミラからのメールだ。しかし、残念ながら、お前が送信したものではない」
「何を言ってる……未来からのメールなら、俺が出したものに決まってるだろ……」
「それは、『過去にメールを送れるのはこのスマホのみ』という前提が成り立つ場合だな。しかしそれは成り立たないんだ。すでにこのシステムは、お前の知らないところで稼働しているし、金稼ぎなんかよりも有効に利用されているんだ」
「嘘だ……あれは未来の俺が……」
「大泉、エシュロンというのは知ってるか? まあ知らなくてもいいが、とにかく未来からのメールといえど、お前のアドレスに届く以上は、メールサーバからそのスマホにダウンロードされるわけだろう。今の時代、ネットを経由するものは、どこかで誰かが中身を見ているものさ。
 もちろん民間人のメールなんて機械以外は一々読まないが、あのメールは未来のテロを予知していたろ。それが機械検索に引っかかった。そんなものを無視するわけにはいかない。それで中身をチェックしてみると、何とも不思議なことが書いてあるわけだ」
「お前は、来る前から知っていたんだな……」
「そうだな。それどころかソースコードもとっくに解析していた。そして我々は、そんなアプリよりはるかに精度が高く多機能なシステムを作り上げた。どう利用されているかはお前の想像に任せるが。過去の任意の時間に、任意の宛先にメールを送ることなどは朝飯前なんだ」
「俺にメールを送って……何の得がある……」
「もちろん利益は無い。しかし、そこのところはお前と同じだ。すでにメールは届いているのだから、未来において同じものを送信しなければ矛盾してしまうだろ。不確定要素を持ち続けるよりは、無益だろうと自分たちで解決したほうがいいに決まってる。
 あとはわかるだろ、よくある話だ。国のため、人類のために用いるべき技術を、私利私欲のために用いる民間人を放っておく道理は無い。ただ、我々も人殺しはしたくない。何とか説得して、保護と監視の下で幸せに暮らしてもらえれば最善だった。
 高野が血迷ったせいで変更が生じてしまったがな。ただ、この事態は事前に知らされなかったから、あえて過去に向かって警告すべきことではないと判断したのだろう。いや、これから我々が判断するわけだが」

話している途中で一階が騒がしくなり、人員が到着したことがわかった。
「じゃあな、大泉。母親と幸せに暮らせ」
これで大泉の親子は国の保護の下で何不自由ない人生を送れるだろう。話を切り上げて撤収する。
システムが出来てからの二か月間、多くの人々が知らないところで色々な改革が起こったが、私個人にとっても激動の二か月間だった。普通のサラリーマンだった自分がこんな仕事に転職する羽目になったのも、あの一通のメールのせいだ。
しかし、本当は誰のせいでもない。未来から送ったからこそメールが届いたのだし、メールが届いたからこそ、それを送るためのシステムが作られたのだ。
原因と結果はもはや一方通行ではなくなった。閉じられた因果の環に思いをはせながら、私は帰途に着いた。


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